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こころも癒す新ラジオ体操

「歌は世につれ…」と申しますが、体操もまた「世につれ…」。さまざまな体操教室やトレーニングジムなどが各地に根付き、巡回ラジオ体操に対する考え方も多様化する中、高齢者らの要望がきっかけでつくられた「みんなの体操」。途中からでも入っていけるゆったりした動きよろしく、じわじわと浸透し、気がつけば導入から早10年。なだらかな音楽もすっかり耳になじんで、「国民的リラックス体操」に育ってきた感じですね。

AERA, Sep. 1999

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10月発表の新ラジオ体操の最終案がまとまった。
飛んだり跳ねたりせずに、音楽も癒し系。
ゆったりした動きで縮んだ筋肉を引き伸ばそう。

東京都墨田区在住の鈴木節子さん(67)は毎朝六時ごろ、トレパン、トレシャツで荒川にほど近い八広公園ヘラジオ体操に出かける。

十年前に左足静脈を痛め、ベッドをつたい歩きする毎日になった。しばらくして、見かねた町内会の人に誘われ、この公園にやってきたのがきっかけだった。

二十代に過労で左肺を摘出している。身体には気をつけてきたつもりだったが、当時は「危機感」さえ感じていたという。以来、「健康になりたい一心で続けてきました。雪の目にたったミ人でやったこともありますよ」と、ほほ笑む今は、「八広公園ラジオ体操会」の指導副部長として、台上で模範体操をする指導者である。

参加者の大半は年配者

筆者も夏のある朝、公園を訪ねた。夏休みの真っ最中とあって、近所の更正小学校の児童や親子連れも集まっていた。しかし、約八十人の参加者の過半数は五十代以上の熟年者、高齢者だ。

六時半、おなじみ「新しい朝がきた」の音楽がラジカセから流れ、体操が始まった。

会の長老格、志賀福造さん(89)は体操を続けて四十年。

「規則正しい生活ができるのが、身体にいいんじゃないのかな。ここ十四~五年は医者にかかったこともないよ」

だが「中には病気やケガで足腰を悪くされて、復帰できない方もいらっしやる。時々、体操を見に来られる姿を見ると複雑な気持ちになりますね」と、節子さん。

この現実はここに限ったことでない。毎年、郵政省がNHKと全国四十数カ所で行っている夏期巡回などでも、よく似た声が寄せられている。そこでNHKでは昨春から、足腰が弱っても椅子に座ったままできる第一、第二体操を週一回試験的にテレビで紹介した。「ベッドでも無理なくできる」などと好評だったため、今春からは「座ってのラジオ体操」として毎日紹介している。「国際高齢者年」でもある今年に、郵政省が新しい体操を制作するに至ったのにはこんな背景があったのだ。

第二は青壮年向き

歳を服ねるにつれ、筋力体力には個人差が現れやすくなる。若いころから気をつけている人は若々しいが、逆だと体力年齢が実年齢をはるかに上回ることが多い。

日本体育大学講師でラジオ体操指導者の長野信一さんは、「例えば腹筋が弱まると内臓が下がって後傾姿勢になり、腰痛の原因になる。また運動不足だと、太股の前面や内股、ふくらはぎなど足の筋肉が衰えたり、平衡感覚が悪くなったり、骨の組織が脆くなり関節症になりやすい。体力測定してから運動した方がいいです」と指摘する。ラジオ体操も、使っている筋肉を意識して行うと自分の弱ってきているところがわかり効果的だという。

ラジオ体操は日本人の体格向上のため、老若男女を問わずリズムに合わせて平易にできる体操としてスタートした(年表参照)。だが敢えていうと、現行の第一は子どもから六十歳くらいまで、第二は青壮年が理想対象である。というのも、第一ができた当時は平均余命が約六十歳。庶民が気楽に通えるスポーツジムやエアロビなど考えられない時代だっただけに、体操に励む勤労者から「第一では物足りない、脚部の運動が少ない」といった声が寄せられた。

そこで、 「働き盛りの勤労者が昼休みや休憩時間に行える、第一よりさらに身体各部を動かせる充実した運動として、第二が作られました」と、郵政省簡易保険局加入者福祉企画課の福士康夫さん。

太極拳も採り入れて

最初のラジオ体操が誕生して七十年余。体操人口は当時には予想できないほど高齢化した。

長くラジオ体操指導者を務めてきた青山敏彦さんによると、現行の第一、第二は、きちんと丁寧に行えば脈拍が一三〇~一四〇くらいにまで上がるという。この数値は厚生省発表資料と照合すると、せいぜい三十代の指標。青山さんも「六十代なら一〇〇~一一〇くらいですね」という。

そこで青山さんは、「新しい体操はこれまでの飛んだり跳ねたり、振ったり回したりではなく、ゆっくりとしたテンポで筋肉の強張りをほぐし、体操を終えたころには全身がスッと伸び、末端まで血行がよくなったと感じられるもの」として原案を考えた。

検討委員会のメンバーが実際にやってみたうえで、NHKが試作ビデオを作り、老人ホームや障害者リハビリセンターなどでも実際に試してもらって感想を聞き、その末に最終案ができあがった(図はその一部)。

今までの体操より動作の数を少なくしたハ種類の動きを、ひとつひとつていねいに行う。中には太極拳を採り入れて、背腹と股関節を十分にストレッチする、今までにない体操も加わっている。

音楽は大晦日の紅白歌合戦オープニング曲(九一~九四年)や「歌謡コンサート」「ふたりのビッグショー」などNHK音楽番組やミュージカル舞台など多方面で活躍の作・編曲家、佐橋俊彦さんが携わった。

余計な先入観を抱きたくなかったという佐橋さんは、検討会には三回目くらいから出席。それから体操を見たのだが、最初はかなりゆっくりした動きで約五分半の長さだった。結果的には一分近く縮まったそうだが、「自宅でビデオに合わせてやってみると、フワッと入ってフワッと終わる感じで、やり終えたとき、すっきり爽やかな気分になれたんです。一日家にこもって運動もせず仕事をしている僕みたいな人間でも十分できる。それで、いきなりインパクトのある音楽や攻撃的なメロディーではなく、リラックスできる音楽がいいなあと思って作り始めたら、自然に優しさのあふれる癒し系になりました」

速さは大体アンダンテ(歩くくらいの速さ)。今までのようにピアノ伴奏だけでなく、オーケストラやストリングスも使って仕上げる予定だという。

リハビリの味方にも

試作体操をした人から、「新しい体操ができるのは嬉しいが『高齢煮向け体操』という名前はイメージが悪いのでやめてほしい」との声が多かったことから、急濾、名称も公募された。NHKで何時に放送するかも検討中で、発表は十月九日に予定されている。

冒頭の体操会でかれこれ五十年近く体操を続けている東京都ラジオ体操会連盟会長の藤川藤次郎さん(75)は元気に言う。「真冬でも、体操を終えるころにはじわっと汗ぱんで、運動したなあと感じます。新しい体操でリハビリ復帰する人が増えてくれるのを楽しみにしています」

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