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お年寄りはベビーフードがお好き

ある日、福祉関係者の家族から”ベビーフードは高齢者にも利用される”と聞き、興味を抱きました。自分も時々”ベビー用の袋菓子”を食べていたからです。食べきりサイズで薄味なのがお気に入りの理由。でも高齢者の場合は、“人に言いたくない現実”があり、取材に時間がかかりました。介護保険制度導入間近で、記事の反響も大きく、後日、NHKやテレビ東京で類似リポートが放送されたほど。手軽で美味しく、安全に食べられる“長寿者フード”が、よりいっそう充実しますように。

AERA, Dec. 1999

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少子化か進む一方なのに、ベビーフードの生産量が急増している。
乳幼児の「食」の変化だけではなさそうだ。実態を追うと、見忘れがちな
高齢者の食生活事情が浮かんできた。

雑炊、うどん、肉類と野菜の煮物といった和食から、グラタン、シチュー、カレーなどの洋食、さらには八宝菜、チャーハン、マーボー豆腐などの中華……。

まるでどこかの飲食店街を歩いているかのような品揃えだが、みんな、いまどきのベビーフードのメニューだ。

その数ざっと五百種類。現在、国内の大手ベビーフードメーカーは七杜ほどあり、実にバラエティーに富んだ品々が、ドラッグストア、スーパー、デパートやベビー専門店に出回っているのだ。

10年で生産量2.5倍

大人の食事顔負けの豊かさだ。しかし、現代は言わずと知れた少子化時代。マーケットはあるのだろうか、と冴って調べてみたら、ベビーフードの生産量は、ここ十年で約二倍半にも伸びているのだ。

そういえば数年前、肥満大敵のモデルやタレントの間で、ダイエット食品として重宝されていることが話題になっていた。低脂肪、低糖、パッケージにカロリー表示があることなどが理由に挙がっていたが、ベビー以外の利用者の増加が数字にハネ返っているのではないか。

疑問を解くべく、東京・下町を中心に千葉も含めて約五十店舗をもつドラッグストアチェーンの「どらっぐぱぱす」に聞いてみた。

チェーン店全体のベビー部門のバイヤーも兼務している東綾瀬一丁目店(東京都足立区)の責任者、木曽真理子さんによると、「高齢の方で手術後、退院されて経口食から普通食になるまでの前段階として、使用相談がありました。扁桃腺手術の後で、すぐに硬いものは食べられないのでという人もいらっしゃいました……」という。なるほど療養食として利用されているのか。木曽さんは近隣の店の最新情報も収集してくれた。

「高齢の常連さんが二、三人いて、『病気の夫のため』とか『入れ歯なので食べやすい』『塩分が控えめなので」とか言って買っていかれる」(荒川区・西尾久店)

「体の調子がよくないからと本人が買いに来られたり、寝たきりの親をみているという男性が時々お見えになったりする」(江戸川区・鹿骨店)

歯や消化力の低下や体調不良に加え、高齢者の介護目的で買う例が浮かんできた。しかし、それで、これほどの伸びになるだろうか。メーカーに問い合わせてみた。

「利用者の実態を調べても、なぜか、まとまった数にならないんです」そう言って苦笑するのはマヨネ-ズでおなじみキユーピーの古川勝司さん。家庭用加工食品部で医療用食品を担当している。

同社はベビーフードを作って約四十年になるが、十年ほど前から、高齢者の利用が話題にのぽり始めたそうだ。よく買いにくる高齢の人が「私が食べるのよ」と言っていた、なんて情報がぽつぽつ入ってくるのだという。

「ならば利用者の声を生かして高齢者向け食品を開発しよう」と、同社では、より詳しいデータ収集を何度か試みた。ところが、顧客管理を徹底している店が少ないうえ、何よりも、明るく返事をしてくれるお客さんがなかなかいないのが実情だという。逆に、孫をダシにしているような例が目次つらしい。

「休み前になると決まって『孫が遊びに来るから……』と言って、大量に買いにくる方もいるようです」と、同食品部でベビーフードを担当する宮代和之さん。

なぜか実数が出ない

他社ではどうだろう。明治時代から小児薬やベビー用品を製造販売している老舗の和光堂に聞いてみた。商品の開発計画を担当している林一則さんは、「当社は通販もしてまして、通常は数種類を交ぜてお買い上げになるのですが、たまに一品目を二十個とか注文する方がいらっしやる。百人に一人とか二人ですが」と話す。ベビーフードは成長に合わせて作られているから、本来なら、同じ商品を長期にわたって買うはずはない。よほど孫の数が多いといったことでもない限り、大量に買うのは不目然ではある。

和光堂は二年前、半年にわたってベビーフードの購入状況を月例調査した。無作為に抽出した乳幼児のいる家庭二百世帯にアンケートした。それによると、毎月同じ商品ばかり買う客が二百世帯のうち二軒だけあったそうだ。

だが、実態をつかもうとすると、利用を打ち明けたがらない客が少なくなく、売上金額などに換算できないのが現実という。

プライドを傷つけずに

この微妙な心理はどこから来るのだろう。

女子栄養大学、相模女子大学で家庭経営学を教えている佐藤順子さんに聞いてみた。佐藤さん自身、七年前に八十三歳で亡くなった義母を介護していた時にベビーフードを利用したことがあるという。ベビー用のモモのペーストをお皿に入れておやつに出していた。「スプーンでかきよせてきれいに食べてました。味がマイルドで、どろっとして食べやすかったと思います。でも私たちの世代では、介護にこういうものを使うと『手抜きと言われるのでは……』と気にする人も多い。だから、買うのをためらったり、言い出せなかったりするかもしれないですね」

高齢者夫婦にも伺った。「そりゃ、プライドがあるから。だって本来ベビーのものでしょ」というのは、一九一八年生まれの脚本家、西沢実さん。長年連れ添う妻と二人暮らしだ。「健康で食事も普通にとっているが、仮に体調をこわしてもベビーと名のつくものには抵抗がある。せめて『長寿食』ぐらいなら買うかもしれないが」

その一方で、ベビーフードの介護への活用を「歓迎」する声もあった。歌人で構成作家の坂本久美さんは、「そうか、今まで気づかずにいたなあ。もっと早く知っていたら、母が少しは楽できたのに……」と手を打つ。祖父母や叔父叔母が同居する大家族で、祖父は脳溢血で倒れてから亡くなるまで九年間寝たきりだったという。「何しろ、ご近所から『お宅の台所からはトントントントン……、いつも包丁の音が聞こえる』と言われたくらい、母はずっときざみ食を作っていたから」現在は祖母が寝たきりで、「これはスグ教えてあげなきゃ」と話す。

毎日、高齢者家庭の訪問治療をしている桜新町リハビリテーションクリニック(東京都世田谷区)の理学療法士、佐野栄仁さんも、「そういえば『すっかり年とって、ごはん作るの面倒くさい……』っていう人、多いなあ……」と、ベビーフード利用に納得してみせる。

確かに毎日の食事作りは元気な若者でも面倒だ。実際、各市区町村は高齢者の介護支援の一環として食事の宅配サービスに力を入れている。そのひとつ、財団法人世田谷ふれあい公社(東京)を訪ねてみた。

ここでは、日常の食事作りが困難な高齢者、障害者、その介護者に日曜・祝日を除く毎日、栄養バランスを考えた夕食を届けている。四年前のスタート時には日に約三百食だったのが、今では約千二百食と希望者は増える一方だ。

嗜好とぴったり合う

献立をたてている管理栄養士の村松京子さんに尋ねると、興味深い答えが返ってきた。「最近の高齢者は多彩なものを食べてこられてますから、和洋中いろいろ取り混ぜ、飽きがこないように、また嗜好も考慮して献立を考えています。毎月、献立表を配布するんですがグラタン、カレー、ビーフシチューなどは人気が高いですね。中でもカレーライスは、献立にないと必ず文句の電話がかかってくるんです」なんと子どもの人気メニューと重なるではないか。しかも、これらはベビーフードの定番商品だ。「高齢者のために作られた調理済み、あるいは半調理の手軽な食品は、まだ、あまり市場に出回っていません。細かくきざんだり、ミキサーにかけたり、裏ごしした特殊な食べ物となるとなおさらです。その点、ベビーフードは繊維を短く軟らかくしたりアク抜きしたり、下処理もきちんとされ、薄味で種類も多い。スーパーや薬局などで手軽に買えるし、利用される人の気持ちはよくわかります」と、村松さん。そうか、ベビーフードは介護医療の現場にピッタリな商品でもあったわけだ。

それならと、今度は東京郊外にある高沢病院(西多摩郡瑞穂町)に取材に飛んだ。在宅介護支援センターや訪問看護ステーションも併せ持つこの病院には、約百二十人の高齢者が入院している。

食事は院内調理しており、献立はご飯、おかず、デザートが基本だが、ふつうのご飯を食べられる人は三十人程度。このため全粥、五分粥をはじめ、おかずも個々の病状や体調に合わせて様々なものを用意しなければならない。

そこでベビーフードの登場となる。ビタミン、ミネラルなどを強化したゼリーをデザートにつけたり、ミキサー食の人に瓶詰のベビーフードを利用したりしている。

管理栄養士の西方直人さんが説明してくれた。「野菜の裏ごしを作るとしましょう。どんなに注意していても、調理器具や調理師の手のどこかについていた裏ごししないままの野菜が、鍋にポチョンと入るかもしれない。見つけ出すのは至難の業。それが食事のときに患者さんの喉にひっかかってむせでもしたら大変。ベビーフードを使えば、そうしたことも防げるし、でき上がりの質の均一さは製品にかなわない。家庭でも、製品を利用するのは手抜きじゃありません。きざみ食やミキサー食は特殊な食べ物ですよ」

例えば、煮込みのイモやニンジンなどの具は、形があって口にいれるとほろっとくだけるのが基本だが、大きさや硬さは個々の好みや病状などに合わせるしかない。均等な大きさ、均一な軟らかさなどにするには、素人の手作りではロスも多いし、限界がある。

「調理に費やしてた時間で、おじいちゃんと話をしたり、おばあちゃんとテレビを見たりできるじゃないですか。もちろん本当はベビー用で代用せず、ちゃんと高齢者用のものがあるべきです。その開発普及のために、医療の専門家がコーディネーターをするなど、もっと積極的に介人すべきだと考えています」と、西方さん。病院や特別養護施設でのベビーフード利用は、もう決して珍しくなくなっているようだ。

メーカー側にも、リハビリ病院の栄養士から「ベビーフードの大袋を作ってほしい」といった声が、時に寄せられている。高齢化が進むなか、専用の食品開発はもはや切実な問題だ。

ネーミングで雲泥の差

キユーピーでは昨秋、ジャネフというブランド名で、やわらかい炊き込みご飯や丼、クリーム煮など八種類の高齢者用レトルト食品の販売に踏み切った。

ところが、結果は惨敗。目標の半分も売れなかったというから、現実は難しい。

敗因はいくつかあったが、紺や茶系など少々暗い色合いのパッケージに「介護用食品」のネームがよくなかった。

「こんなことわざわざ書かないでほしい……という声が返ってきました」と広報室の前田淳さんは振り返る。失敗をもとに、同社は商品改良に着手。商品名やパッケージだけでなく、メニューも見直し、今年八月から新商品「やさしい献立」シリーズを売り出した。

今度は上々の滑り出し。初年度目標の四億円はクリアできそうだという。中にはわざわざ売り場を設けてくれたスーパーも現れ始めている。

「正直言って、ネーミングで、こんなに反響が違うものなのかと驚いています」この商品については、高沢病院の西方さんのもとにも訪問看護婦やヘルパーを通じて高齢者のいろんな反響がきているという。

「レトルト食品なので、袋をさわると具の大きさがわかるからありがたい」というのから、「具合の悪い夫と二人暮らしで、夫と話しながらレトルトの袋を揉んでると、お腹がすくころにちょうどいい大きさになる」といった女性の声や、「好物のニンジンだけ別に炊いてシチューに交ぜて出した」という声が届いている。

冒頭の「どらっぐぱぱす」の木曽さんは、こう話す。「うちではまだ割引して扱える商品となるとベビーフードなので、高齢者向きの食品はそんなに動いてないんですが、品数が豊富になったらきっと状況は変わるでしょうね」

隠れていたマーケット

ベビーフードならぬ「シルバーエージフード」の市場が、じわじわと広がり始めた感がある。

三井不動産のベンチャー部門で介護支援事業に取り組む野島秀敏さんも、次のように言う。「必要とされているのに品数が少ないため、高齢者向けの食品について『どこに売っているのか』という問い合わせが多い。そのうえ、介護用とかシルバー用と書いてあると、買うのをためらってしまうようです」

さらに野島さんは、「ファミリーレストランで小椀メニューを高齢の方が食べている姿をよく見受けます。こんな心遣いももっと広まるといいですね」と提案する。

高齢者同け食品の市場が確立し、今よりもっと豊富なメニューが並ぶ時代は、そう遠いことではないのかもしれない。そうなれば、「愛用者」も、もっと表に出てきて、具の大きさやとろみ、味付けなど、メーカーごとの微妙な違いについて、積極的にあれこれ語りだすようになるのかもしれない。

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