LUCIE

Writing and Directioning

コンプレックス爪、あきらめていませんか

20年前はマニキュアをしてると奇異に見られたほどだったのが、ここ10年余りで「ネイルケア」に対する関心が高まり、「ネイルアート」も急速に浸透。今や、職業としても人気です。映画「おくりびと」のオスカー受賞で、納棺師に対する関心が高まりましたが、「ご臨終ネイル」が認知される日も、そう遠くなさそうな・・・。

婦人公論, Oct. 2004

Actual Image

ネイルケアは単なる爪のお洒落ではありません。
“人体美”の一表現。
指先のアートは、生きるエネルギーやポジティブ思考さえもたらしますから

ネイル・アーティストの草野順子さんは、技巧の美しいアートネイルが評判で著名人にも顧客を抱える一方、“コンプレックス爪”のケアも手がけている。爪が美しくなると、その人の性格まで変わっていく現実に驚く毎日だと言う。きれいの第一歩は「自分との約束を果たすことから」がモットー、問題は年齢ではないことが、実感として伝わってくる。

自分の爪が恥ずかしい

爪に対してコンプレックスを抱いている女性は多いですね。初めてうちのサロンに末て「私の爪、異常なんです!」ってもう大騒ぎ。ちっとも異常じゃないのに、こちらが笑ってしまいそうになるほど悩んでいる。これって、爪が身近なのに“思わぬ存在”だからだと思うんです。ふだんは気にかけないから、余計に変なのではないかと気に病む。特に“異常”の訴えが多いのは足の小指の爪。「足の小指の爪がない」と言って恥ずかしがる人は、10人中8人はいます。「大丈夫、『あなたは爪よ~』ってケアすれば、真っ直ぐ伸びます」と言ってあげると、「うっそお~!」と驚かれる。嘘じゃないんです。退化させないように皮膚は皮膚、爪は爪として、マッサージやカラーリングをすれば丈夫になっていきますから。

爪を噛む人は、中高年にも多いですよ。「どうして噛むの?」と聞くと、「自分の爪がイヤだから」。短い、形が悪い、汚らしい、こんな爪大嫌い、だから噛む。真理だなあって思います。しかも「サロンに行ってもどうせよくならないだろうけど、とりあえず来てみました」と言う。

とんでもない! 「よくぞ来た。キレイにしましょう!」ですよ(笑)。「たった3ヵ月、言うとおりにすればキレイになれますよ。月に2回、ケアしに来られますか? 自分に約束できますか?」と私は言います。長さや形を整え、甘皮を処理し、マッサージにパック。マニキュアを塗り、アクリル絵の具で絵柄を描けば、見事に変わっていきます。爪だけでなく、表情も顔つきも、考え方さえも。

彩色した爪を見た夫に「おっ、キレイだね」と驚かれる。嬉しくなって外に出ると、女友達が気づいて「私もやりたい!」。お友達もコンプレックス仲間ですから、サロンに来店して「払の爪は小さくてカッコ悪くて」と始まる……。でも、こんな人たちが、店に来るたび明るく変わっていくんです。「先生、爪噛まなくなりました」「小指の爪って、伸びるものですね」ですって。もうおわかりでしょう、“ネイルケアは心のケア”なんです。

うちのお客さんは20歳前後の学生から80歳くらいまでと幅広いので、世代ごとの悩みも見られます。「このままでいいのかな」と自分の未来に不安を抱いている30代のキャリア、老化を気にし始める40~50代……。カラーリングの時、ひとりひとり様子を見ながら作業を進めます。迷っているOLだったら「あなたの今週のテーマは何? 強さ? 可愛らしさ? それとも男ウケ?」なんて聞いたりして、答えからイメージするものを描いたり、ほっと安心する色を選んで彩色したり、柔軟に対応しています。メーカー勤務の人にその会社の商品や、「勝負ヅメ」「願かけ」としてトランプ柄や鶴亀を描いたこともあります。可愛いペットを描いてほしいと写真を持参する人もいますよ。心が和むんでしょうね。

あるお客さんが有名サロンで、「爪が短すぎて、ネイルアートが見栄えしない。もう少し伸ばしてから来て」といわれたという話には、びっくりしました。短い爪、小さい爪、丸い爪四角い爪、その爪にふさわしい絵柄を、その人に似合うように描くのがプロの仕事でしょう?私は経歴の振り出しが「絵」だったから、美容出身の方とは感覚が違うのかもしれないですけど、ネイルアートは単なるお洒落な飾りではなく“人体美”のひとつだと捉えているんです。

アートヘの情熱で描く

振り返れば子供の頃から、とにかく絵を描くのが好きで、将来仕事で絵が描けたらなあと思っていました。美術系の専門学校に進んで卒業、結婚して最初の子供が生まれたのが22歳で、その頃はいろんなことが同時進行。トレースや版下の仕事をしながら、何かを表現したくて、自分の作品やアクセサリーを日曜日に原宿の路上で売ったり、ドールハウス、パッチワーク、組み紐、刺繍、押し花、草木染め、機織り………興味を抱いたものは全部独学でマスターしました。人から教わったり、真似したりするとつまらなくなる性格だったので、結局習ったのはアートフラワーだけ。「花を描くためには構造を教わらないとダメだな」と思ったからですが、これはネイルアートに役立って正解でした。私の描く花は「立体的で、よそのネイル絵とは違う」といってくれるお客さんもいます。

40歳ぐらいになって、ボディアートを仕事として、ベアトップ姿の花嫁の胸元や耳たぶに飾りを描いたり。ネイルアートに落ち着いたのは、指先に色を添えるだけで、美しさとともに“幸福感”を与えられるんだと実感したからです。私の想像以上に喜ばれる、というのは嬉しい発見でしたね。また、時間がたてば消えてしまう花火のように、永遠には残らない美しさであることも、私のアート魂にぴったりきたからです。

すべては指先マッサージから

顔のスキンケアには若い頃から熱心なのに、爪には無頓着で、30代、40代になって初めて爪の老化に気づく方が多いですね。縦ジワや二枚爪などのトラブルの最大の原因は「潤い不足」です。

ここで、年齢を問わない爪のお手入れをひとつお教えしましょう。美しくて健康な爪を作るには、オイルマッサージをして潤いを与えるのが一番。指の爪が生えてくる際の皮膚の部分を、1日3~5回、ネイル用オイルでマッサージしてください。なぜオイルかというと、皮膚を通して爪の根元まで届くからです。ささくれがなくなった、爪が伸びるスピードが速くなったなど、たったこれだけのことでも変わるんです。「水仕事の際に必ず手袋を」というアドバイスは守るのが大変だし、私は10人いたら10人の爪に合わせたアドバイスが必要だと考えています。爪がボコボコの人はストレスや睡眠不足など生活サイクルに原因がありそう。とにかく、この超ベーシックなお手入れからやってみてください。それと、爪を切る時は、ダメージを与えないために爪やすりを使うようにしてくださいね。

一歩踏み出すきっかけ

爪が人の心に与える影響は大きいですね。長年の家事で傷んだ爪をすっかりあきらめていた女性にとって、自分の爪が長く美しくなるなんて“未知との遭遇”なわけです。コンプレックスがなくなればイライラしなくなり、逆に元気になる。そうなると家庭や社会に対しても、前向きに大きく気持ちが変わっていきます。

それまで「どうでもいいや」的なメイクや髪型だったOLさんが、がらっと素敵に変身したり、「描いてもらった花の色に合わせて、洋服を買いました」と嬉しそうに着てくる人もいます。つまり「爪に合わせて○○する」という行動がライフスタイルの中に生まれる。さらに、次はデート、今度は結婚式と、スケジュールに合わせて爪を装う。爪は、外見や性格を含めたその人らしさをトータル・コーディネートする、「仕上げ」の役割なんだなと思います。

たとえば、ホテルマンや営業職、社長クラスの男性も爪のケアを受けにいらっしゃいます。清潔感やポジティブな人づきあいが大切な職業の方たちはもちろん、美しい手元に意誠がいって家もキチンと片付くとか、社交的な雰囲気になるとか、女性自身にとってもお洒落を超えた自分へのメッセージになっているわけです。

今の仕事の醍醐味は、仕上がった瞬間に「キレイ!」って心から思えることです。私の描いた絵が、ではないですよ(笑)。「この爪をしてるあなたがキレイ! 宇宙一!」。言った瞬間、その人が笑ってくれるのも好き。写真に撮って並べたらどれもいい顔ばかりだと思います。

この先、ぜひやりたいのは「ご臨終」の時のネイルアート。生前、ネイルにこだわってた人がネイルをせずに逝くなんて、絶対おかしい。お客さんにも尋ねてみたら「ぜひやってほしい。だから先生、先に死んじゃだめよ!」ですって。最期のお別れの時まで、キレイに手遅れなんて、ないんです。

▲TOP