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ピアノ「連弾の楽しみ方」

21世紀を迎えた頃から、“子供の弾かなくなったピアノ”を、お父さんをはじめ“大人”が楽しむようになり、各地に「大人のピアノ教室」が増えました。一方で、子供の頃に嫌々習わされ(?)やめたピアノを、お友達と楽しく再開する学生が増加。あちこちの大学で新たに“ピアノクラブ”が誕生し、今や連弾はプロ・アマ問わず人気です。

読売ウィークリー, Nov. 2007

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「ピアノは1人で弾くもの」と思いこんでいないだろうか。が、実はいま連弾が熱い。
1台を2人で弾くものから6台使った迫力ある編成までさまざま。
弾いても聴いても魅力たっぷりの「連弾の楽しみ方」を紹介しよう。

9月の日曜日、都内のピアノスタジオ。社会人ピアノサークル「楽友クラブ」の8人が1台のピアノを2人で、あるいはI人1台ずつ2台で、「マイ・フェア・レディ」や「ダッタン人の踊り」などを弾いていく。

2人で対等に割り上げる

8人は、いずれもバッハ、モーツァルトから現代の作曲家までこなすピアノ歴平均約20年の愛好家。連弾というと、ピアノの発表会に先生の伴奏で子どもが旋律を弾くイメージを持つかもしれないが、ここでは、2人の弾き手は同レベルの腕前をもち、どちらも主役である。

メンバー四十数名の同会は、ソロの演奏会に加えて2003年から連弾の演奏会も開いている。この日は初の「ソロ&連弾合同演奏会」に向けた通し稽古だった。なぜ連弾なのか。幹事役の大竹将也さんはこう言う。「第2次ベビーブームの僕の世代くらいになると、子どものころからピアノに親しんでいる人が大勢いますが、オーケストラやコンチェルト曲の“連弾編曲の妙”を、切磋琢磨しながら弾くのは格別です」

クラブに入ってから楽しそうと連弾を始める人が多く、やってみて一緒に曲を創り上げる面白さに目覚める。相手がどう出るかで自分にないものを発見したり、対等に言い合うことで成長できたりするという。

こうした動きに呼応するかのように、東京・銀座の山野楽器では春、楽譜売り場を拡充した際、連弾や2台のピアノのためのスコアも充実させた。

売り場担当者の相馬智華子さんによると、客層は、以前なら発表会用の楽譜を探しに来る親子が多かったが、最近はクラシックの編曲ものなどを探しに来る若い人も目に付くという。

Jボッブやアニメ曲などの新譜もあり、大人気漫画『のだめカンタービレ』に出ていたラフマニノフの「コンチェルト第2番」やモーツァルトの「2台のためのピアノソナタK・448」などの連弾編も人気だ。

「ピアノ・デュオ作品事典」(春秋社)の著者で、松永晴紀・茨城女子短期大学教授は、こう話す。「ひと昔前は連弾というとシューベルトの『軍隊行進曲』やブラームスの『ハンガリー舞曲』、ドヴォルザークの『スラヴ舞曲』などしか見あたらなかったですが、最近は楽曲が広まり、聴くから弾くへと広がってきました。連弾はペアのスケーターのようなもの。2人で上手く弾ける人は、1人でも上手いのです」

2人で1台、5人で5台

プロにも、連弾ユニットが続々と登場している。

テレビコマーシャルにも起用されている「レ・フレール」は、兄の斎藤守也(33)と弟の圭土(28)の人気兄弟デュオで、06年11月、アルバム「ピアノ・ブレイカー」でデビューした。

兄が両腕を伸ばして「高音域と低音域」、弟が「中音域」を弾いたり、2人が腕を交互に交差させたりするほか、席を移動して手拍子したりするなど、視覚的にアクティブな演奏をする。

ライヴは売り切れ続出で、観客も手拍子し、「ヘイ!」とかけ声を飛ばす。熱気が客席まであふれている。

「デュエットゥ」は、木内佳苗、大嶋有加里が東京音大在学中に結成したデュオ。01年にアルバム「いいことがありそう!」でデビューし、クラシックを中心にラテン、ポップスまで連弾や2台ピアノを使い分けて演奏する。各地で、連弾の楽しさを伝えるセミナーにも力を注いでいる。

5人がそれぞれ1台ずつ5台のピアノを弾くアメリカ人ユニットが「ザ・ファイヴ・ブラウンズ」。9月、東京、横浜など5都市で初の日本ツアーを成功させた。

28歳から22歳までのジュリアード音楽院出身のきょうだい5人で、05年10月、アルバム「ザ・ファイヴ・ブラウンズ」でデビュー。07年3月のアルバム「ラプソディ・イン・ブルー~ノー・バウンダリーズ」はビルボード・クラシックチャートで初登場1位、21週連続1位を記録した。

ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」やストラビンスキー「火の鳥」など、オーケストラ用の曲を、5台のピアノ用に編曲したものが多く、コンサート用グランドピアノを、屋根を外して最大音量で演奏するので迫力がある。一方でドビュッシー「月の光」を3姉妹で1台のピアノ、つまり6手で弾くなど、曲に応じてスタイルもさまざま、ソロでも弾く。

繰り返すようだが、日本では、連弾は、親子や先生と生徒が1台のピアノを弾くイメージが強いが、幼いころから姉ナンネルと連弾していたモーツァルト(1756~91)は、連弾作品も多く残している。また19世紀から20世紀初頭にかけて交響曲や管弦楽曲を連弾用などに編曲し、20指で表現するのも盛んだった。

1台でオーケストラのすべての音域をカバーできるピアノを、複数で弾くことは、1人1台で弾く以上にオーケストラ的表現ができるということなのだ。

こうした連弾ユニットが増えるにつれ、ソロピアノともオーケストラとも違う連弾編曲を楽しめるようになっている。その好例が、規則的なリズムの刻まれるなか、主旋律が繰り返されていくラヴェルの「ボレロ」だ。

もともと管弦楽曲で、ラヴェル自身が、2人がリズムと旋律を交互に分担する2台ピアノ用と1人がほとんどリズムを刻む連弾用に編曲している。それを、前出の女性連弾ユニット「デュエットゥ」は、1人がリズムを刻みながら2台で弾くオリジナル編曲で演奏している。

関西中心に活動する6人組の「アルスノーヴァ」の場合、メンバーで大阪音大准教授の松本昌敏の編曲で、1台に3人ずつで弾く。弾き手は曲の進行につれ1人ずつ着席し、やがて6人になるスタイル。

同じ6人でも、ジャズピアニストでミューザ川崎シンフォニーホールのアドバイザー、佐山雅弘が開館記念に企画した、小原孝、国府弘子、塩谷哲、島健、山下洋輔による「ジャズ・ピアノ6連弾」の場合、それぞれ1台ずつ6台で奏でる。

編成を担当した塩谷は、「一人一人がひとつの楽器として機能するオーケストラという感覚で編曲した」といい、自ら指揮を兼ねて、一番小さな音でリズムを刻み始める。

「リズムの音がだんだん大きくなっていき、クライマックスでは6人の中央で、ピアノの音が天に立ちのぼる感じで、あんな感覚は初めてだった」と、佐山も感慨深げに話す。

05年の初演が好評で今年2~3月、各地で再演した。来秋にもツアーが予定されている。

弾いて楽しむか、聴いて楽しむか。連弾は奥深いのだ。

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