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Writing and Directioning

「終の音」にこだわりたい

「自分が死んだとき、J.S.バッハの『G線上のアリア』や『アヴェ・マリア』を流して、見送ってほしい」などと、“働き盛りのオジサン”が話すのを初めて聞いたのは80年代半ば。バッハブームではありましたが、まだまだ“沈んだ空気の中で、お坊さんの読経と涙の焼香”が主流でしたから「へえ、感覚が新しい」と感心した記憶が。しかし、ここ四半世紀の間に、この体験と合致する“庶民の意識変化”が起きていたと知り、私もふと考え始めました。「私の終の音は?」

読売ウィークリー, Jun. 2008

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「鎮魂楽」「フューネラル・クラシックス」「わが人生の歌がたり」
こんな核心をつくタイトルの、死や人生の哀しみをテーマにしたアルバムが3月、相次いでリリースされた。
家族を偲んだり、マイ・ラストソングを選んだり…、「終の音」という考え方が中高年の心をとらえだした。

ショパン「別れの曲」、米国9・11‥一追悼式典でも歌われた「アメイジング・グレイス」、「千の風になって~讃美歌バージョン」など、エイベックス・イオが発売した「鎮魂楽」には、計17曲が収録されている。

ダイナミックな演奏や音作りは避け、音楽が自然に流れ続けるように曲目の間隔は短めに。主を亡くした「涙目の犬」の写真をジャケットにするなど、細やかな配慮が施されている。

同社の津森修ニプロデューサーが、街で喪服姿の男性が「千の風になって」のCDを詰め込んだ紙袋を提げているのに目を留めたことが、企画へ結びついた。津森さんは、「参列者に配るのだろう」と考え、CDの使い道を再認識した。と同時に、ジャズ評論家・ラズウェル細木が著書に、死に際に聴きたい音楽として、米国のジャズピアニスト、ライル・メイズの「ビフォー・ユー・ゴー」を挙げていたことを思い出したという。

「では、自分が死んだときは……? 折も析、妻が読んでいた五木寛之さんの『林住期』に、死は前から徐々に来ないで後ろから突然来るといった意味の、吉田兼好の言葉があって、『終の音楽』をまとめたCDを作ろうと決めました」

人生を振り返り亡き人を偲ぶ

人生の第3期に当たる林住期、つまり50~75歳をよりよく生き、穏やかな最期を迎えるヒントを著した五木さんに、プロデュースを願いでたところ、五木さんは、「人は音楽を通して死に向き合い、心を癒やすことで有意義な生を得られる。タイトルは『鎮魂楽』でどうだろう」と快諾。1970年に五木が日本作詩大賞作品賞を受賞した「鳩のいない村」も収録した。

同じ3月発売のCD「わが人生の歌がたり」第1巻、第2巻(コロムビアミユージックエンタテインメント)も、五木さんがシリーズで監修しているものだ。

こちらはNHKの「ラジオ深夜便」で、人生とともにあった歌を紹介する五木さんの同名コーナーから生まれた。五木さんは昨年出した同名の著作で、波乱の半生とともに改めて歌を紹介しており、アルバムでは、「別れのブルース」「蘇州夜曲」「津軽のふるさと」などが流れる,五木さんの語りも入っている。

もはや75歳の一作家の思い出の枠を超え、自らの思い出を揺さぶられる人も多いだろう。

一方、「フューネラル・クラシックス~音楽葬のために」はコロムビアの社内コンペから生まれた。発案者は、祖父母、叔父を立て続けに亡くした30代の女性営業社員。葬儀で流れていた音楽に違和感を覚えたのがきっかけだったという。

「CDラジカセから印象の薄い曲を適当に流してる感じでした。音楽の仕事に携わっているのに、祖父たちが生前好きだった曲のひとつも準備できなかった自分が悔しくて……」

結婚式の入場曲にこだわる人が大勢いるご時世だ、葬儀だって何でもいいはずがない。生前から曲をリクエストする人が増えればいいと、「最期に聴きたい音楽」を提案した。

完成したアルバムは、“悲しみ”と“魂の平安”の流れに合うよう2枚組み。1枚目にはシューベルト「セレナード」、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」などクラシック12曲を、2枚目には故人の冥福を祈り遺族の心を慰められるよう、バッハやヘンデルの楽曲から「この道」「ふるさと」などの叙情歌まで16曲。2枚で計28曲が収録されている。

7月には、「精霊流し」や「千の風になって≒大きな古時計」などを集めた同様のCD「あなたに会いたい。~愛する人を想う歌」(キングレコード)も出る。「亡き人を思い出し、涙を流すだけではなく、涙を流した後で明日から頑張ろうという気になれる……そんなアルバムになれば」というものだ。

こうした自分の人生を振り返ったり最期を思い描いたり、亡き人を偲んで聴くといった音盤は、かつては「暗い」「縁起が悪い感じ」などとされ、積極的にはリリースされなかった。

だが、2007年に「千の風になって」が大ヒットしてから事情は大きく変わった。

昨年、日本有線大賞有線音楽優秀賞を受賞した高野健一の「さくら」は、犬の死を通じて家族の情愛を描いた西加奈子の同名小説にヒントを得て作った曲だし、紅白歌合戦で、すぎもとまさとが歌った「吾亦紅」は亡くなった母に捧げる歌だった。ポップスの分野でも、死を悼む歌が浸透してきたのだ。

葬儀に音楽は適当6割

葬儀に、音楽を流すことも珍しくなくなっている。

音楽を流したり演奏したりするのは主に、葬儀の開式前20~30分や、弔辞、弔電、献花、出棺などの時間帯だ。

葬祭に開する総合サービス会社、メモリアルアーートの大野屋(東京都豊島区)では、喪主や遺族が曲選びに悩まなくて済むよう、進行に沿って曲目リストを用意している。同社の昨年の葬儀で音楽の使用頻度は、仏式、無宗教関係なくほぽ100%。

故人が生前に特に希望してない限り、遺族からの曲目指定は少ないというが、故人や喪主の知人、音楽愛好家らが故人の好きだった曲を生演奏するケースもあったという。

葬儀、仏壇仏具などの総合コンサルティング、セレモアつくば(東京都立川市)常務取締役の内山修さんも、「昭和の終わりごろから徐々に音楽を取り入れてきましたが、6年ほど前からは、自社会館での通夜にシンセサイザーの生演奏サービスも行っています」。

こうした流れは、日本消費者協会が83年からほぼ3年おきに行っている「葬儀についてのアンケーート調査」にも表れている。

調査を始めた83年は「葬儀で音楽を流すこと」に対し、49・4%が「不要」と回答、「適当」は25・8%だった。だが、次第に「不要」が減って「適当」が増え、99年には「不要」が31・1%「適当」が41・6%と消費者の意識が逆転。

07年では「不要」はわずか13・6%で、「適当」は60・3%にまで達している。

「葬儀に参列し感動を覚えた具体例」でも、「故人の好きだった歌を全員で歌い、会場がひとつになった」「静かな音楽の流れに乗るように故人の生き方がしみじみと語られた」「故人の好きだった歌がおごそかに演奏された」など音楽に関するコメントが目に付く。

首都圏で葬儀の生演奏を行うサービスもある。「ミュージックオフースアズ」(栃木県佐野市)の代表、田﨑尚美さんによると、葬儀での演奏依頼は年々増えているという。同社はピアノとフルート、バイオリンなど、意向に合った楽器や編成のほか、弦楽四重奏もこなす。式の雰囲気を壊さない演奏を心がけているという。

身近な存在を音で偲ぶ流れは、ますます広がりそうだ。

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