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チェンバロ

チェンバロは、鍵盤を叩くと先端のジャック(木軸)に取り付けた爪(プラスチックや鳥の羽軸)が弦をはじいて音を出す「撥弦(はつげん)鍵盤楽器」。軽やかで繊細な音色、鍵盤は1段や2段などいろいろあります。16~18世紀にヨーロッパで愛好されましたが、ピアノの発明とともに人気が衰え、日本でも「廃れた楽器」と解釈され、庶民が身近に接する機会などなかったのが現実。しかし、楽器の仕組みや形状などは時代とともに変わるから「その音楽が作られた当時の楽器で演奏するべきだ」という、「古楽器」を重んじる考え方が世界的に広まり始めると、チェンバロも見直されるようになりました。もっとも、何百年も昔の楽器が“演奏できる状態”で残っているのは稀なので、復元したり、修復した楽器で演奏されることが多いです。日本では、昭和バブル期のバッハブーム(バッハ生誕300年・1985)頃から「古楽器演奏会」が徐々に注目を集め、音楽大学に古楽器科がぽつぽつ設けられるまでになりました。もちろん、ヨーロッパなどに比べると教師も楽器製作者も稀少。学生は先生の中古を譲ってもらったり、練習室に通ったり…。

というわけで、歴史的音色を楽しみたいなら「浜松市楽器博物館コレクションシリーズ(3) チェンバロ」がお勧めです。16~18世紀のチェンバロやスピネット(小型のチェンバロ)など、博物館所蔵の6台を日本の名手、中野振一郎が駆使。フランス、イギリス、イタリアのバロック音楽を巧みに弾いています。

ちなみにこの博物館には世界の楽器が並び、その一部は試奏され、音色の視聴もできます。レクチャーコンサートやワークショップなども頻繁に行われ、音楽ファンならずとも時間を忘れて楽しめます。所蔵品を分かりやすく紹介したブックレットや所蔵楽器を演奏したCDなども数多く販売されています。

チェンバロを愛奏したバッハの有名旋律に触れてみたいなら、人気奏者、曽根麻矢子の「THE BEST」がいいでしょう。鍵盤ごとの異なる音色がバランスよく溶け合って、見事な色使いの絵画を眺めているかのよう。なじみのある音楽が心地よく流れ続け、ほっこり幸福感を味わえます。

曽根はバッハのアルバムを複数録音しているので、たとえば、「ゴルトベルク変奏曲」のような長曲は、該当アルバムを改めて聴くと理解が深まります。これは、不眠症の伯爵の“寝つけない夜”にとバッハが作り、お抱えのチェンバロ奏者ゴルトベルクが頻繁に弾いたことからこの名で呼ばれるようになったという、楽しい逸話が残っています。2段鍵盤を巧みに生かした、穏やかで軽妙なサウンドが、今宵はあなたを安らかな眠りに誘ってくれるでしょうか。

さて、歴史は古いとはいえ「チェンバロ=バロック作品」と思い込むのはもう古いというもの。近・現代のユニークなチェンバロ作品があったり、現代曲を演奏家がアレンジして弾いたり、多彩になりつつあります。

例えば、有橋淑和(ありはし・すみな)の「チェンバロ・レボリューション」や水永牧子の「夢みる雨」を聴くと納得できるでしょう。

有橋はラヴェル、タンスマン、チェレプニン、伊福部昭、ペリーなどのモダンな曲をのびやかに演奏。中でも、ペリーの「バロック・ホーダウン」はディズニーランドの電飾パレード音楽と認識している人も多いでしょうが、もとは立派なチェンバロ曲なのです。一方の水永も、バルトーク、武満徹、ピアソラから、キース・ジャレット「チェンバロのためのフーガ」など、みずみずしい音色で弾いています。

この先、もっと新鮮なチェンバロ曲がノンジャンルで生まれるのを期待したいものです。そういえば数年前、約100万円で新品の練習用国産チェンバロが買えるようになったと聞きましたし、数十万の電子チェンバロも発売され、じわじわ人気のよう。チェンバロが庶民の趣味になる日も、遠くなさそうです。

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